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TONO『アデライトの花』レビュー。コロナ禍のいまこそ読むべき死と真実の大傑作。

ライター

 1978年7月30日生まれ。男性。活字中毒。栗本薫『グイン・サーガ』全151巻完読。同人誌サークル〈アズキアライアカデミア〉の一員。月間100万ヒットを目ざし〈Something Orange〉を継続中。

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暗黒と陰惨を究める、傑作マンガ『アデライトの花』。

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 『アデライトの花』。

 この、奇妙で、不思議で、印象的で、そして、どことなく不吉な響きを孕んだタイトルをもつ作品は、いささか寡作ぎみながら、質の高い作品で知られている作家TONOが、いままさに連載している最中の最新作。

 いや、これが、凄い。めちゃくちゃ面白い。まさに傑作というほかない、素晴らしい作品です。花丸付きのオススメ。

 さて、皆さんは、この百年に一度といわれる世界的なパンデミックのいま、どのように日々をお過ごしでしょうか。

 おそらく、ほとんどの人はマスクをつけ、ワクチンを打ち、手洗いうがいなどに気をつけていることでしょう。

 それらは、発達した医学と近代的な衛生観念が生み出した、流行病への的確な対処法です。

 しかし、もし、そのような医学知識がまったく存在しない状況で、何か恐ろしい疾病が発生したら? その被害は、どれほどになることでしょう。

 『アデライトの花』は、まさにそのような地獄絵図を描き出す作品です。

 未読の方は、ぜひ読んでいただければ。ここ数年で読んだすべてのマンガのなかでも、指折りの傑作だと断言できます。凄いよ。

 ただし、万人受けする作品とはまったくいい切れません。

 その、あまりにも暗く、醜怪で、凄惨な描写は、むしろ、確実に【人を選ぶ】ものです。

 この暗い世相のなかで、せめて、マンガくらいは明るく楽しい内容であってほしいと望む人もいることでしょう。

 そういう人には、あえてオススメはしません。ぼくは出色の名作だと捉えていますが、読み耽るほどに物語は陰惨さを増し、暗黒と、そして修羅の世界へと陥っていくこともまた、たしか。

 決して気楽に読める作品ではないので、そういう物語が苦手な人は、手を出さないほうが無難です。

ホラーすれすれの狂気に充ちたストーリー。

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 しかし、一方で、どんなに暗く救われない内容であっても、【人間の真実】を直視したいという方にとっては、これほど優れた内容はないでしょう。

 このマンガは、まさに、人間と、人間性の【ほんとうのところ】が暴露される物語です。

 一見して、「善人」と見え、自分でもそう思っている人間であっても、心の奥底には、だれにもいえないような、壮絶な秘密を抱えていることがありえる。

 そういった、世間の倫理からも常識からもかけ離れた描写が続きます。

 まさに【衝撃の問題作】。いや、やはり、読んでもらいたい。そのくらい優れた作品ですね。

 物語は、ハント家という名の、ある富裕な名家を中心に展開していきます。

 まず、遠い南国からこの家に嫁いできたアデライトという名の美女が、その地方では一般的だという風土病にかかったことが始まりです。

 その肢体になぞめいた花が生え出て来るところから、「花の病」と呼ばれるその病気は、初めは、さほど恐ろしいものとも見えず、アデライトもそのうち回復するだろうと考えられていたものの、ゆっくりと、まさに、残酷なほどにゆっくりと、その想像を絶する恐怖がわかって来るのです。

 タイトルロールであるはずのアデライトその人があっさりと亡くなってしまうところから、【毎回クライマックス】の急展開が続き、まさかという人物まで巻き込んで、花の病は次々と、たくさんの人をむしばみ、はてしなく広がっていきます。

 特定の主人公がいるわけではない、いわゆる群像劇のスタイルで、そのため、だれが最後まで生き残るのか、それともだれもがみな病に斃れて終わるのか、まったく見通しが効きません。

 あたかも、暗闇の回廊をそぞろ歩くにも似た不安に充ちたストーリー。

 話が先に進むにつれて、最重要人物たちが、ひとり、またひとりと病に罹かり、非命に斃れていくその展開のおぞましさは、むしろ【ホラーマンガ】といいたいくらい。

この物語の【ヒロイン】とは?

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 しかし、ただ怖い、恐ろしいというだけではなく、きわめて重厚な人間ドラマが繰り広げられていくことになります。

 先ほど、特定の主人公はいないと書きました。それはほんとう。ただし、作者自ら、【ヒロイン】と名指ししているキャラクターは存在します。

 それは、【チーズ】という奇妙な名前の召し使い。

 それもべつだん、特別な美少女などではなく、ひとりの貧しく醜い中年女に過ぎません。

 いつも周りにいじめられ、腹を空かせては、残飯をぺろぺろと舐めたりしている、このあまりにも不気味な人物は、なんと、一匹の犬の姿で描かれます。

 一見すると主人公とも見える少年キューブの目には、ほとんどの人物は、人間ならぬ動物としか見えないのです。

 人に似た【人でなし】という意味なのかもしれませんが、かれの目にはチーズは野犬に見えるわけです。あたりまえに二足歩行する奇怪な卑しい野良犬。

 彼女は、そのもともとの身分から考えられないことにもかかわらず、なぜかハント家に入り込み、疾病のさなかでも、なお、こそこそと暗躍します。

 いったいどうして、この浅ましくも愚かしい女性が、この物語の【ヒロイン】なのか、そして何の目的を抱いてハント家にやって来たのか、その秘密は、長い物語を通して、少しずつ、少しずつあきらかになっていきます。

 そうして、その間にも花の病は燎原の火のように広まっていき、ありとあらゆる人物がそのまえに斃れていくのです。

 優しいほど可憐に花を咲かせる、この妖しい、不思議な病は、しかし、その代償であるかのように、必ず、人の命を奪わずにはいられません。

 ハント家にはめずらしい善人のようでありながら、心弱く、十分に当主の任に堪えないキューブの父親、そして慈善事業に熱中する母親も、また、この病から逃れることはできません。

 この物語においては、いくらか善良だからといって、死神のカマを逃れることはできないのです。

 ひたすらに、闇は深まるばかり。人心は荒廃しつづけ、強欲なハント家の暗い秘密めいたヒストリーもまた、あきらかになっていきます。

 チーズと、キューブ、そしてその姉コロナ(!)は生き残ることができるのでしょうか?

 それとも、かれらもまた、花の病に斃れ、野づらに屍を晒すこととなるのでしょうか?

 いまのところ、まだ何ともいえません。ただひたすらに注目しながら物語が進むのを待つのみです。

 まぢかに迫った死をまえにして、なお争わずにはいられない、人々の弱さ、愚かさ、またその嘆き、苦しみが、火となって人を、家を燃やしていく光景は、あたかもラテンアメリカ文学の趣き。非常に読ませます。

 この作品の連載がコロナ禍と重なったことはまったくの偶然ではありますが、「コロナ」という名のキャラクターまで登場することは、もはや、神意とすら思われてなりません。

 はたしてこの先、どのような地獄が待ち受けているのか、燃え上がる狂気、高まるばかりのサスペンスと、一巻ごとくにさらに面白くなっていくようです。うーん、傑作。

『アデライトの花』のそとへ。

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 ちなみに、同様のパンデミックものとしては、川端裕人の『エピデミック』、コニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック』などが思い浮かびます。

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 いずれも優れた作品ですが、その内容は疫学などを駆使しながら疾病の原因を探り出そうとする、いわば医学探偵的なものであり、どこまでも終息することなく病が広がるばかりの『アデライトの花』とは少し方向性が違っているかもしれません。

 疾病が人間の本性を暴き立て、この世の地獄を生み出すという意味では、あるいは国枝史郎の最高傑作『神州纐纈城』などのほうが近いかもしれません。

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 国枝畢生のこの歴史的大名作は、わが国の伝奇小説の最高峰であると同時に、疫病文学のひとつの巨峰でもあるのですから。

 ちなみに、TONOには、他にも『カルバニア物語』、『ダスク・ストーリィ』、『チキタGUGU』などの代表作があります。

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 いずれも面白く、作家の才能を知らしめる感動的な作品です。

 『アデライトの花』を起点として、こういった関連作品に旅してみるのもまた、一興であるかもしれません。読書のネットワークははてしなく広がるばかり。

 しかし、まずはこの作品を、ぜひ、ご一読を。昏い頽廃の物語があなたを待っています。

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