天野しゅにんた『愛されてもいいんだよ』を読みました。
これが、良い。面白い。そういうわけで、いまから紹介したいと思います。
正直、そこまで期待して読みはじめたわけでもないのだけれど、想像を大きく上回る出来でした。
こういうことがあるから、マンガを読むことは楽しい。こちら側のあいまいな予想を裏切り、秀逸な作品を提示してくれた作家さんにはただ感謝あるのみです。
さて、このマンガの題材は、いわゆる「レズ風俗」。
幾人かの女性たちが、同じ女性のために性的に奉仕するサービス。
いろいろと偏見を持って語られがちな業種ではありますが、現実に一定の需要があり、社会の役に立っているお仕事であることは、レズ風俗を巡る何冊かの本を読んでみればわかることでもあります。
女性同士の恋愛や性愛を扱ったいわゆる「百合」のジャンルにおいても、レズ風俗はしばしば話題に取り上げられることがあります。
また、『さびしすぎてレズ風俗に生きましたレポ』などというノンフィクションのエッセイマンガも出ています。
レズ風俗ものはいまや百合創作のなかで欠かせないひとつのジャンルであるといえるでしょう。
もちろん、あくまでフィクションはフィクションなのであって、必ずしも正確に実態を反映しているわけでもないことはいうまでもありませんが、それにしても、「女性の主体的な性」を正面から扱ったジャンルが成立していることは、現代日本の文化状況の成熟を物語っているように思えます。素晴らしいですね。
さて、『愛されてもいいんだよ』もまた、そういった「レズ風俗もの」のなかの一作であるわけですが、この作品はただ興味本位にレズビアン・セックスワーカーとお客たちの悲喜こもごもを描写するだけに留まらず、セックスワーカーとはどのような仕事なのか、どういった可能性を秘めているのかをシリアスに活写してのけます。
一見すると、ただ甘ったるいだけのありふれた百合作品に見えるかもしれませんが、読み進めていくと、これはなかなかに端倪すべからざる傑作なのではないかという気がしてきます。
セックスワーカーものの収穫として、石田衣良の『娼年』や、あるいは『デリバリーシンデレラ』、『JKハルは異世界で娼婦になった』などに匹敵するクオリティといっても良いのではないでしょうか。
セックスワーカー・テーマの作品は、何しろ刺激的な題材なので、その面白いところだけを挑発的に描きだすこともできます。じっさい、そのような作品もあることでしょう。
しかし、ほんとうに優れた作品は、セックスワークをあくまでひとつの「お仕事」として捉え、そこを焦点に映し出される性の複雑なプリズムを的確に描写します。
そのなかでもこの『愛されてもいいんだよ』が面白いのは、客の側もまた女性であり、さまざまな苦悩や葛藤を抱えているところでしょう。
もちろん、性風俗を利用する男性が一切の悩みを持っていないというわけではありませんが、それでも男性は割合に自分の欲望を承知している率が高いように思われます。
それに比べ、レズ風俗を利用する女性たちは(少なくともこの作品のなかでは)、ただ欲望を発散して気分良くなれば良いというものではない。
じっさい、色々なレベルの想いを抱えてその扉を叩くのです。
この作品では、その女性たちのあり方が素晴らしく優しく描きだされている。
この社会において女性であり、さらにはレズビアン的な「しこう」を持っているということ。
それはマイノリティを意味する属性であり、だからといって不幸だというわけではないにせよ、やはりときにはある種の鬱屈を抱え込むことになることもあるのです。
ささやかな偶然からいままでの仕事を辞め、あるレズ風俗店に務めることになったセックスワーカーの主人公は、そういった女性たちのもつれてしまった想いを優しく解きほぐしていきます。
女性が女性と交わるということ。それは、たとえビジネスではあっても、ただ単にからだを重ねるだけでは済まない可能性をいつも秘めている。
だからこそ、彼女の誠実な「お仕事」の描写は、ときに感動的ですらあります。
セックスワークという仕事を、カネのためにいやいやながらやるものと思い定めている人は少なくないでしょう。
ですが、この主人公は仕事に、あきらかにある種の「やりがい」を見いだしている。そして、多くの女性たちを救っていく。
その姿は、まさに至上の百合マンガというしかありません。
必然的にいわゆる「純愛もの」のテンプレートから大きく外れることになる「レズ風俗もの」は、人を選ぶジャンルではあるかもしれません。
ですが、この作品は間違いなく面白い秀作です。
セックスについて、というより女性たちの素顔について知りたい方には、文句なしにオススメできる作品といって良いでしょう。
あなたも「ビジネスとしての優しさ」の秘密を知りたくなったら、この本を紐解いてみてください。
エロティックというよりは、不思議に優しく柔らかな世界がそこにひろがっています。