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なぜオタクは「昔のアニメやマンガやゲームは良かった」といいだすのか?

ライター

 1978年7月30日生まれ。男性。活字中毒。栗本薫『グイン・サーガ』全151巻完読。同人誌サークル〈アズキアライアカデミア〉の一員。月間100万ヒットを目ざし〈Something Orange〉を継続中。

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「昔は良かった」という老害言説を蹴っ飛ばせ!

 「昔は良かった」。

 良く聞くフレーズです。いつの時代も過去を美化し、昔日への思いに捕らわれる人々が絶えないことは変わらないことかもしれませんが、日本の場合、高度経済成長とバブルを過ぎ、経済的に沈下を始めてから、殊に良く耳にするようになったように思います。

 日本の良い時代は過ぎてしまった、これからは少子高齢化が続くし、何も良いことなどない、ああ、ほんとうにあの頃は良かったなあ、などと、言葉を変え、形を変えて、くり返し述べつづける人たちに限りはありません。

 ぼくは個人的にそういう意見は蹴っ飛ばした上で砂をかけて埋めてしまいたいと考えています。「昔は良かった」というのはどこまでいっても過去しか持たない老人の意見です。若者はいつでも未来をこそ見ている。たとえ、その未来がどれほど過酷であるとしても。

 そういえば、今月の『ファイブスター物語』では、そういった過去への懐旧に耽り、きびしい現実から目を逸らしつづけるある亡びかけた国が描かれていました。

 そういうふうに過去にだけ視線を向けるようになった人間は、じっさいの年齢がいくつであれ、心が老いている。

 ぼくはそういう意見を鎧袖一触に否定します。「昔は良かった」という、その「昔」が、具体的にいつのことを指しているのかわからないものの、たとえば70年代とか80年代とか90年代に比べて、いまの日本が単純に「悪くなっている」なんて、絶対にいえないと。

 まあ、人の価値観はそれぞれで一般化できないし、どのような意見があっても良いというあたりまえの前提を一応示した上で、それでもあえていいますが、昔が良かったわけはないんですよ。

 いや、陶芸だの歌舞伎だのといった他の文化のことは知りませんが、いわゆるオタク的とされるカルチャー、アニメとかマンガ、ゲームに関してはいまは日本の歴史上最高の時代だといって良いはず。それなのになぜ「昔は良かった」といいだすオタクがいるのか、不思議でなりません。

現在のポップカルチャーは史上最高のクオリティを達成している。

 もちろん、ある人が個人的に70年代のカルチャーが好きだとか、80年代のファッションを愛しているとかいうことはその人の勝手ではあります。だれもその価値観を否定することはできないし、そもそもそうする必要もありません。

 ですが、客観的、かつ全般的に見れば、いまのカルチャーはほんとうに素晴らしい次元に到達しているし、それは喜ぶべきことだと思うんですよね。

 それなのにいまなお「昔は良かった」、「あの頃のアニメやゲームはこんなものではなかった」などといいだす人たちはやはり老いているとしかいいようがないし、現実を見る目が衰えていると感じます。

 いったい何をどう考えていればそのような意見が出て来るのかと思うくらいです。

 まあ、個人的に感受性がとんがっていた若い頃に享受した文化を美化しているのでしょうが、ただだらだらと受動的に眺めているだけでは、どんな文化もいつかはつまらなくなってくるのはあたりまえのことなんですよ。

 だって、初めてそれにふれたときに比べれば、どんな作品もそのうち新鮮さは薄れていくのだから。

 いつまでも変わりつづける文化を楽しみつづけるためには、それらの作品に対し主体的に関わり直すことが必要なのです。が、人は歳を取るほどに保守的になり、新しいものを拒み、過去を美化しつづけることにこだわるのですよね。

 客観的に見れば、いまのアニメもゲームも、どう考えても昔と比べ進歩しています。マンガだって、技術革新が進んでいる。

 たとえば90年代、「黄金時代」の『少年ジャンプ』は、じっさいには内容的に見ればじつは凡庸な作品が少なくなかったとぼくは思う。その頃に比べ、いまの『ジャンプ』マンガの面白いこと! 時代は良くなっている。文化は進歩している。そう感じます。

 「昔は良かった」なんてことはまったくないのです。

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