現代ビジネスの記事が「実在しないアニメ」を見たと主張したあげく、その部分を全部消してごまかそうとしている件。

マンガ
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追記(2021年6月15日15時50分ごろ)

 以下の記事では、「現代ビジネス」の記事に実在しないアニメ版『シャドークロス』のあらすじが記されていた事実を指摘し、なぜそのようなことが起こったのか、ぼくなりの推測を記しています。

 ところが、いま、確認してみたところ、その該当記事から『シャドークロス』絡みのところがすべて削除されていました。ええっ。意図的にウソを書いておいて正式に謝罪することもなく、ただその部分を削除して何事もなかったように逃げようとしているわけ? さすがにそれはないでしょう。

 これじゃ、ぼくのほうがウソをついたみたいじゃん。うーん、どうするべきか。ちょっと迷ったのですが、たしかにその記述があった証拠を残すため、記事の画像を公開することにしました。色々と調べてみたところ、「インターネットアーカイブス」にキャッシュが残っていたんですね。ぼく自身の名誉のために、ここに載せておきます。念のため魚拓も取りました。

 万が一、「現代ビジネス」その他から抗議が来たらめんどくさいのですぐに消すつもりですが、その際は「圧力がかかって消させられたんだな」と考えてください。いやあ、マスコミの力て恐ろしいよね。とても一個人では対抗できる気がしません。皆さん、そのときはよろしく。

本文

 あまりにひどい、ほんとうにひどい、スーパーウルトラエクストラひどい話を目にしたから、読んでくれ。

 えーと、最近、SEO(検索エンジン最適化)の本をいろいろと読んでいて、その手の書籍にはたいてい「まず結論から書け」と記してあるのでそうするのだが、この記事は現代ビジネスの「「落日」の日本、ここへきて「優しいアニメ」ばかりが“大人気”になるワケ」という記事が、ある「実在しないアニメ」を見たと主張しているという話である。

 な、何を言っているのかわからねえと思うが(略)。いや、ほんと、いったい何のことだ?と思うかもしれないけれど、ほんとうにそうなのだからしかたない。そこには紛れもなく「まだアニメ化されていないマンガ作品」のアニメ版の内容が書かれているのだ。

 どうしてそんなことになっているのか、一から説明してみよう。まず、前提としてこの記事は、かなり粗雑で、恣意的な、ひどいクオリティのものである。

 タイトルでわかるように「優しいアニメ」ばかりがヒットしている、と書かれているわけなのだが、アニメファンならご存知のようにそんな事実はないし、その無理筋の主張を補強するために無数にあるアニメのなかから「使える」作品だけを選び出して話を展開している。

 そもそも話が『鬼滅の刃』から始まっているものの、『鬼滅の刃』はどう考えても「優しいアニメ」というより「きびしいアニメ」だろうから、最初からずっと無理な話をくりひろげているのだ。

 しかし、それは良い。いや、ほんとうはまったく良くないのだが、不正確で恣意的な主張をしている記事なら他にもある。真の問題はもっと深刻だ。というのも、この記事、冒頭にこう書かれている。

 アニメ人気は世相を映すというが、爆発的ヒットとなった「鬼滅の刃」に続いて、最近は「スーパーカブ」や「シャドークロス」、「ましろのおと」など、決して派手とはいえないアニメ作品がヒットしている。

 アニメにくわしくない人のために説明しておくと、『シャドークロス』というアニメは2021年現時点で存在しない。

 『シャドークロス』は現在『ヤングジャンプ』で連載中のスガワラエスコのマンガだが、アニメ化されているのはやはり同じ雑誌で連載されているソウマトウの『シャドーハウス』のほうである。

 ぼくはこの時点で、「ははーん? どうやら『シャドーハウス』と『シャドークロス』を間違えたのかな?」と思った。両者はまったく違う内容の作品らしいのだが(ぼくは『シャドーハウス』のほうは未読未見)、同じ雑誌での連載なのでたしかに紛らわしいし、間違えてもおかしくない。

 タイトルを間違えることは良くないことかもしれないが、それだけならまあよくある凡ミスといえるだろう。ところが、事実はそう単純ではないのだ。というのも、その先に書かれてある記述はたしかに『シャドークロス』のものだからである。

 ローカルではなく人情味の残る都会の下町を舞台に、親に縁がなく青森から一人で出て来てスーパーのキャッシャーで生計を立てる対人恐怖症の内向的な若い娘が、孤独の壁を取り除いて世界を広げてくれるパートナーとの出会いを夢見る中、競技ダンスの若いリーダーと出会ってダンスに夢中になっていく姿を描くのが「シャドークロス」。

 同じ競技ダンスをテーマとしても、「ボールルームへようこそ」が男性リーダーを主人公に競技者の研鑽と葛藤の成長を描いたのに対し、「シャドークロス」は自分だけの“王子様”とともに女の子が夢を実現していくラブ・ストーリーという性格が強い。

 「シャドークロス」の舞台は北区の十条で、十条商店街やスーパーの人々も関わって温かい人間関係が広がっていく。日本がまだ貧しかった60年代の下町を舞台にした青春映画、例えば吉永小百合の可憐な姿が記憶に残る「キューポラのある街」などにも通ずる貧しさの中の温かさや直向きさが感じられるが、当時のような政治色とは無縁で楽しめる。

 どうにもややこしいが、これは間違いなく『シャドークロス』のあらすじであって、『シャドーハウス』のそれではない。つまり、この記事の書き手は、実在しない『シャドークロス』のアニメ版を見た、と主張してそのあらすじを語っていることになるわけなのである!

 いったいこれはどういうことなのだろう? どう考えても矛盾している。ちょっと考えてみたのだが、ぼくの推測はこうだ。この記者は、どこかで『シャドーハウス』がアニメ化したという情報を目にして、それを『シャドークロス』の話だと思い込んだ。

 そこまではよくあるただのカンチガイなのだが、問題なのはそこからだ。記者は、どうやら『シャドークロス』がアニメ化されたと思い込んだまま、その実在しないアニメの話をもとにしたこの記事を書き上げてしまったらしいのである。

 もちろん、実在しないアニメを見れるわけはないから、『シャドークロス』のアニメ版に関して書かれていることは、すべてウソというか、ただの想像である。

 つまり、記者は『シャドークロス』がアニメ化されていることは間違いないのだからアニメを見ずにその内容を書いてもバレないだろうと思ったのではないか。

 しかし、あにはからんや、アニメ化されていたのは『シャドークロス』ではなく『シャドーハウス』だった、というオチ。

 もっとわかりやすくまとめると、

記者「あ、ヤンジャンで連載している『シャドークロス』、アニメ化されたんだな。アニメのほうは見ていないけれどマンガは読んだから問題ないだろ。これをネタに落日の日本では優しいアニメばかりがウケているって内容のテキトーな記事書いたろwww」

ぼく「アニメ化されたのは同じ雑誌に載っているらしい『シャドーハウス』なんだが、この人はいったい何を見たんだ???」

 ってことなのではないかと。何といういいかげんさ! これはあきらかに見ていないアニメを見たと主張していて、ちょっとしたカンチガイが元でそれがあきらかになっているわけで、記事の主張が納得いかないということとは次元が違う。

 「最近は「スーパーカブ」や「シャドークロス」、「ましろのおと」など、決して派手とはいえないアニメ作品がヒットしている」とかしらっと書いた上で論旨を展開しているわけだけれど、繰り返すがアニメ化されたのは『シャドーハウス』であって、『シャドークロス』がアニメになったなどという事実はないのだ。

 まあ、この記事のなかには、

 そんな「鬼滅の刃」のヒットと期を一にするように、現状をありのまま受け止めて心穏やかな日常を過ごす若い人たちを描いたゆるいコミックやアニメがまたヒットしているのは何かの“偶然”だろうか。

 とも書かれているので、最大限に好意的に見れば『シャドークロス』のことは「コミック」の話であって、アニメの話ではないのだ、と読むことはできるかもしれない。

 それはそれで、「優しいアニメばかりが流行っている」という主張のなかになぜ突然マンガの話が入り込むのだ?と思うところだし、最初に『シャドークロス』がアニメ化されていると書かれていることは矛盾するのだが……。

 この記事に名前が記名されている小島健輔氏は複数の著書があるファッションの専門家らしいのだが、アニメやマンガにはくわしくないのだろう。だから、ついいいかげんなことを語ってしまった。それは良いとしよう。

 しかし、「実在しないアニメ」を見たと主張して、それを元に論旨を組み立てていることはさすがに論外ではないだろうか。ぼくはそう思うのだが、ぼくのほうこそ何かカンチガイしているだろうか? 皆さんの意見を伺いたいところである。よろしく。いやあ、ひどいね。

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