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なぜ萩尾望都が天才少女漫画家と呼ばれるのか、名作10編で解説する。

ライター

 1978年7月30日生まれ。男性。活字中毒。栗本薫『グイン・サーガ』全151巻完読。同人誌サークル〈アズキアライアカデミア〉の一員。月間100万ヒットを目ざし〈Something Orange〉を継続中。

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唯一無二の天才漫画家・萩尾望都の業績をわかりやすく説明しよう。

 「天才作家」という言葉は広く人口に膾炙していますが、ほんとうに本物の天才なんてめったにはいないもの。しかし、萩尾望都はだれもが認めるそのひとりでしょう。

 とはいえ、その作品世界は広大無辺。また、そのテーマは深淵で、なかにはうかつに手をのばすと慄然とせざるを得なくなるような恐ろしい作品も混じっています。

 この記事では、たとえば最近の『一度きりの大泉の話』で萩尾望都を知り、なぜ彼女が不世出の天才と呼ばれているのかについて知りたいといった「萩尾ワールド初心者」の方でも理解できるように、なるべくわかりやすくその世界を解説してみました。

 ようこそ、妖しくも美しくめくるめく萩尾望都の世界へ!

日本漫画史上、空前絶後の作家。

 世の中には、少年漫画や青年漫画はよく読むけれど、少女漫画は一切読まないという人がいます。

 それ自体は、かなりもったいなくはあるもののその人の自由というしかありませんが、そのなかにはいまだに少女漫画を一段下に見て、さげすんだりしているという、ちょっと信じられないような感性の人物も混じっています。

 しかし、往々にしてそういった人のイメージする少女漫画は、じっさいの少女漫画とはかなりかけ離れているものであるように思います。

 「少女漫画なんて、どうせ他愛ない恋愛ものばかりだろう」といった印象論は、完全に間違えているとはいえないにしろ、一面的なものでしかありえないことはいうまでもありません。

 日本の少女漫画は、「女性の、女性による、女性のための」作品ばかりという意味で、おそらく世界的に見ても最高峰の女性文化といえるものであり、もはやその価値は世界遺産クラスなのです。

 そして、その少女漫画の長い歴史のなかでも唯一無二にして最高の天才作家と称されているのが、我らが萩尾望都。

 ちなみに「望都」と書いて「もと」と読む名前は本名です。何と麗しくも詩的な名前なのでしょうか。まさに特別な人にふさわしい名前だといえるでしょう。

 ですが、そうはいっても、なぜ彼女だけが「ワン・アンド・オンリー」の作家といわれるのか、その神髄は未読の方にはわからないでしょう。

 以下では、萩尾望都の10作の長短編を挙げつつ、凄みを簡単に解説してみます。

夢幻の世界を描きだす煙るような絵柄。

 萩尾望都の凄さは色々あるわけですが、まず、何といってもその絵の美しさが挙げられるでしょう。

 特に『ポーの一族』や『トーマの心臓』といった初期作品のナチュラルな線の美しさはだれにも真似ができない至上のもので、多くの書き手たちがあこがれ、模倣し、しかしいまなおだれひとりとして到達できないでいます。

 まあ、こればかりは読んでもらい、見てもらうよりほかないわけですが、そのなめらかな描線の素晴らしさはまず少女漫画史上随一といって良いでしょう。

 あるいは、萩尾望都その人自身ですら、この頃の絵を取り戻すことはもうできないのかもしれません。

 それが中期から後期にかけては緊張感を増し、サスペンスフルとでもいいたいような絵柄へ変わっていきます。

 その頃、何があったのかはそれこそ『一度きりの大泉の話』に書かれているわけですが、この記事ではその方向には深入りしません。ここではただ、ひたすらに夢のように美しいその絵について慨嘆するだけです。

 この人もまた超一流の少女漫画家といっていい『月の子』、『秘密』の清水玲子も萩尾望都の絵にあこがれ、長いあいだ「萩尾望都コンプレックス」を抱えていたと語っています。

 萩尾望都という別格の天才には、それぞれに才能ある漫画家たちをも幻惑するだけの何か異様な魅力があるのです。それは、この思わずうっとりと見入ってしまうような絵柄を除いては考えられません。

物語を緊密に構築する力のたしかさ。

 とはいえ、漫画は絵だけで成り立っているわけではありません。むしろ、多くのファンが萩尾望都の凄さを端的に説明しようとするとき挙げるのは、その超絶的な構成力でしょう。

 おそらく、やはり優れた短編作家であった手塚治虫の影響が大きいだろうと思うのですが、萩尾望都は一ページに膨大な情報量を盛り込み、わずかなページ数で深遠な世界を描きだす短編がおそろしく巧みです。

 数巻、十数巻にも及ぶ長編でもいくつも名作を物していることを考えると、かならずしも短編だけに注目するべきだとは思えませんが、しかしその短編のクオリティはまさに圧巻。

 たとえばいくつもの短編が数珠つなぎになって全体のプロットができあがっている『ポーの一族』は、日本の漫画の歴史のなかでも指折りの(人によってはまさに最高傑作として挙げるかもしれない)作品であり、じっさい、読んでいると「たったこれだけのページ数でこれほどの内容を盛り込めるなんて!」と驚嘆せざるを得ません。

 『ポーの一族』は吸血鬼テーマの作品でもあるのですが、アメリカでアン・ライスが『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』を書くよりはるかに早い時期に「美しくも哀しい永遠の存在としての吸血鬼」を描きだしている点は注目に値します。

 いまではそういった吸血鬼像はごくごくあたりまえのものですが、すべてはまさに萩尾望都と『ポーの一族』から始まっているのです。

伝説の短編「半神」。

 もちろん、そういった連作短編だけではなく、独立した短編でも数しれぬ傑作を残しています。

 そのなかでも多くのファンが短編の最高峰に挙げるのは、シャム双生児の少女たちの愛憎をわずか十数ページという短さのなかで濃密に描きだし、読むものを哀しく魅了する「漫画史上最高の双子もの」であるところの「半神」でしょう。

 そこで描写されている世界は「文学的」とか「哲学的」というのも愚かしく、まさに「少女漫画的」としかいえないような、深遠かつ広大なものです。

 おそらく世界文学史上でも、これに匹敵する短編はそういくつもないはずです。

 シャム双生児といえば、ベトナム戦争の枯葉剤の犠牲者とか、怖ろしい生得の障害といった印象がまず浮かぶ人が多いことでしょうが、萩尾望都はそれを「もうひとりの自分自身」と向かい合わざるを得ないひとりの娘の愛と憎しみのドラマとして描き切っています。

 肉体のすべての栄養分を持って行っているためあまりにも美しく、また夢みるようなひとみをした双子の片割れを深く憎み、そしてどうしようもなく愛している、きわめて醜い姿をした少女――いったい、このような設定で「双子」を描こうとすることなど、萩尾望都以外のだれが思いつき、そしてじっさいに描き抜けることでしょうか。

 自分自身の、「半身」ならぬ「半神」である少女に対する、愛するよりも深い愛、憎しみよりもつよい憎しみ。読後には深々とため息を吐くよりほかありません。

「母親」というテーマ。

 そのほかにも数知れない名作短編があるのですが、際限がないのでもうひとつだけ挙げさせてもらうなら、やはり「イグアナの娘」の名前を出しておく必要があるでしょう(ほんとうは中期の短編、中編についても語りたいのだけれど、今回はそれはパスしておきます)。

 これは「自分の娘がイグアナに見える」という奇妙な母親と、彼女に苦しめられる娘の葛藤を描いた短編で、一見するとカフカ的ともいえそうな不条理さのなかで、しかし明確にテーマを伝えて来る「毒親もの」の名編です。

 萩尾望都はその実人生のなかでどうしてもリスペクトできない母親との関係に苦しんで来たそうで、「母親と子供」というテーマの作品をいくつも描いています。

 「母性の恐ろしさ」を端的に描き抜いたという意味でも、おそらく彼女は少女漫画の歴史のなかで至高の描き手といえるかと思います。

 これは、男性作家である手塚治虫が母性についてわりと楽観的というか、無邪気に礼賛していることとは対照的です。

 おそらく、彼女の作品を読んで初めて「母親のありかた」ということに疑問を抱いた読者が大量にいるはずです。それほど、萩尾望都の作品は深く「母親」というテーマに切り込んでいる。

 それもただ、「どうしようもない毒親」として描くのではなく、愛しているからこそどこまでも怖ろしくもある存在として描写する、その深みは最大長編『残酷な神が支配する』で頂点に達します。

暗黒のサイコサスペンス長編『残酷な神が支配する』。

 『残酷な神が支配する』。

 この印象的なタイトルを持つ作品は、じつに10年間にわたって連載が続き、全17巻(文庫版では全10巻)にまとめられました。

 『ポーの一族』、『トーマの心臓』といった「永遠の少年たち」を描きだした作品群の素晴らしさはいうまでもないことながら、ぼくは萩尾望都の長編最高傑作はこの作品であると考えます。

 異常なサディストである義父グレックに夜な夜なレイプされつづける少年ジェルミが、かれを殺害した直後のシーンに始まり、「あるあかるく、しあわせな家庭」の裏で繰り広げられる地獄の日々を綴っていくこの異常なテンションの物語は、一見、ボーイズ・ラブ的ともいいたくなる設定ではあるものの、あきらかにそういった作品とは一線を画しています。

 グレックのジェルミに対する行為は一貫して「性暴力」として描かれ、ジェルミがその超暴力に心を破壊されていくプロセスは、読んでいて苦しくなってくるほど迫真的です。

 物語はグレックがいなくなったあとも終わらず、むしろその緊張感は増していく一方で、いったいどこに落着するのか、ひとかけらでも「救い」を見いだすことはできるのか、連載をリアルタイムで追いかけていたぼくはさんざんに考えました。

 ここでも重要な役割を果たすのはジェルミの母親であるサンドラで、そういった意味でも萩尾望都の集大成ともいうべき歴史的作品となっています。

SF的イマジネーションの極北、『銀の三角』。

 しかし、こういったサイコサスペンスといいたいような作品は萩尾ワールドの一部でしかありません。萩尾望都の作風はじつに多彩で、それもピカソのようにどんどんと作風を変えていっています。

 たとえばイチローがつねにバッティングフォームを変えつづけていったように、天才と呼ばれる人たちはどれほどの業績を残しても過去に捕らわれないものなのでしょう。

 たとえば萩尾望都には日本SF史上に残る名作を数多く残したSF作家としての顔もあります。その代表作というと、やはり『銀の三角』になるでしょうか。

 『SFマガジン』に連載されたこの詩的とも悪夢的ともいえそうな作品は、その構成の難解さでも知られ、「一度読んだだけでは理解し切れない」ともいわれていますが、しかし萩尾望都の全作品のなかでも飛び切り美しいイメージを持った長編です。

 そもそも「銀の三角」というタイトルからして何とも美しい。

 そのほか、『百億の昼と千億の夜』なども、この宇宙の果てまでも巡ってなお終わることを知らないあしゅらおうの永劫の旅路を描いて圧巻です。

 これは少年漫画雑誌である『チャンピオン』に連載された作品でもあり、つまりは萩尾望都の面白さは一面で少年読者でも理解できる性質のものでもあるということを証明しているように思えます。

 単に続きが気になってしかたないエンターテインメントとして見たときもまた、その作品は超一流なのです。

萩尾望都がバレエを描くとき。

 やはりどんなジャンルにも手を出したとされる手塚治虫が、たったひとつ描かなかったのがスポーツものだともいわれていますが、萩尾望都はバレエものの作品を一時期、集中的に描いていました。

 じつはぼくは萩尾望都の全作品のなかでも、この一群のバレエものが最も好きだったりします。

 だれもが認める芸術的名作といえば『トーマの心臓』あたりになるでしょうし、SFやファンタジーにおけるイマジネーションの素晴らしさは他者の追随を許さないものがありますが、それと比べるとわりと軽く読めるバレエものはバランスが取れているように感じるのです。

 ぼくはバレエについては何もわかりませんが、萩尾望都のバレエ描写は専門家の目から見てもたしかなもののようです(何しろ漫画なので、描写が正確で現実に沿っているなら良いというものでもないこともたしかですが)。

 それらの作品群のなかでも、いっとう心に残っているのがやはり短編の「青い鳥」です。

 「だれもだれかの青い鳥にはなれない」という、ある意味ではアンチ・ロマンティシズムともいうべきリアリスティックなテーマが深く、深く心に残る素晴らしい作品です。

 萩尾望都という作家は『残酷な神を支配する』を読めばわかるように、「愛」というロマンティシズムを軽々に信じません。

 それは少女漫画に対する世間のイメージとはまったく真逆でしょう。その意味でも彼女は特異な作家といえます。

『ポーの一族』ふたたび。

『ポーの一族』ふたたび。

 最後にやはりこの作品の名前を挙げておきましょう。萩尾望都が最近になって伝説の名作を数十年ぶりによみがえらせた『ポーの一族 春の夢』です(何しろ何十年ぶりの続編なので、『ポーの一族』とは別作品扱いとします)。

 深い余韻を残しながら、一応は完全に終わったはずの『ポーの一族』の復活は、漫画史上でも指折りといいたいような「事件」でした。

 そして、この物語の主人公であるエドガーの長い、長い旅は、この作品のなかでじつに「いま」、2010年代にまで届いているのです!

 いったい再びエドガーの旅が終わるとき、どのような光景を見ることができるのか? それは想像を絶しているとしかいいようがありませんが、すべての萩尾望都ファンがかたずをのんで注目していることは間違いありません。

 ここに来て新たな領域に挑みつづけるあたりが、ほんとうに天才作家は怖ろしい。

 そのほかにもコメディ、ホラー、ミステリ、歴史ものなど、まだまだ語り尽くせぬ作品があるのですが、ここら辺でやめておきましょう。

 しょせん凡人でしかないぼくなどが萩尾作品の魔法的な魅力を語り切れるはずもありませんが、その一端なりと伝えられたなら幸いです。

 もし良ければ『すべてがFになる』の森博嗣がいう、「20世紀最高の天才」であるこの作家の作品領域に、どうぞ足を踏み入れてみてください。

 人間心理の深奥をえぐり出す、かずかずの迷宮世界があなたを待っています。

筆者からのお願い。

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 それでは、またべつの記事でお逢いしましょう。

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