ランキングの前に。
そういうわけで――いや、何がそういうわけなのか、まったくわからないとは思いますが、「『グイン・サーガ』100選」というバカ企画を実行に移してみました。いま、Twitterで流行っている100選ものの企画のひとつというつもりです。
ただ、さすがに『グイン・サーガ』を1巻から100巻まで並べて、「どやっ!」とやるほどの度胸はぼくにはなかったので、1位から100位まで順位をつけてみました。
本来、こういうシリーズもので「この巻が良い」とか「あの巻がいまひとつ」と語るのはあまり意味があるとは思われませんが、『グイン・サーガ』の場合、はっきりいって各巻にクオリティの差が大きくあるので、あえてランキングをやってみるのも価値があるのではないかと考えたしだい。
まあ、ぼくは全部好きなんですけれどね。永遠の名作ともいうべき巻とわりあい凡庸な巻があることは、ぼくですら否定はできません。
おもしろいところがほんとうに神がかっておもしろいので、後段の、筆力が衰えた巻がことさらに否定的に捉えられてしまうのは悲劇的ともいえますが、しかたないといえばしかたないのでしょう。
作家も人間なのであって、いつも同じクオリティの本を同じように出すというわけにはいかないとは思うのですけれどね。
そういうわけで、『グイン・サーガ』の個人的なランキング1位から100位です。どうぞ、ニヤニヤとご覧いただければ幸い。
『グイン・サーガ』100選。
・1位『十六歳の肖像』
・2位『ヴァラキアの少年』
・3位『パロのワルツ』
・4位『運命の一日』
・5位『紅蓮の島』
・6位『白虹』
・7位『風のゆくえ』
・8位『七人の魔道師』
・9位『サイロンの豹頭将軍』
・10位『ノスフェラスの戦い』
・11位『闇の中の怨霊』
・12位『蜃気楼の少女』
・13位『鷹とイリス』
・14位『豹頭の仮面』
・15位『サリアの娘』
・16位『黒曜宮の陰謀』
・17位『星の船、風の翼』
・18位『アルセイスの秘密』
・19位『獅子の星座』
・20位『赤い街道の盗賊』
・21位『光の公女』
・22位『ヤーンの時の時』
・23位『氷雪の女王』
・24位『三人の放浪者』
・25位『ユラニアの少年』
・26位『紅の密使』
・27位『闇の司祭』
・28位『トーラスの戦い』
・29位『サイロンの悪霊』
・30位『荒野の戦士』
・31位『運命の糸車』
・32位『死の婚礼』
・33位『草原の風雲児』
・34位『復讐の女神』
・35位『時の封土』
・36位『幽霊船』
・37位『マグノリアの海賊』
・38位『ノスフェラスの嵐』
・39位『風の挽歌』
・40位『パロへの帰還』
・41位『クリスタルの反乱』
・42位『快楽の都』
・43位『炎のアルセイス』
・44位『闇の微笑』
・45位『イリスの石』
・46位『アルゴスの黒太子』
・47位『パロへの長い道』
・48位『剣の誓い』
・49位『虹の道』
・50位『黒い炎』
・51位『アムネリアの罠』
・52位『ヤヌスの戦い』
・53位『ヤーンの日』
・54位『クリスタルの婚礼』
・55位『望郷の聖双生児』
・56位『クリスタルの陰謀』
・57位『神の手』
・58位『モンゴールの復活』
・59位『カレーヌの邂逅』
・60位『辺境の王者』
・61位『美しき虜囚』
・62位『緋の陥穽』
・63位『愛の嵐』
・64位『エルザイムの戦い』
・65位『アムネリスの婚約』
・66位『豹頭王の苦悩』
・67位『ゴーラの僭王』
・68位『ラゴンの虜囚』
・69位『紅玉宮の惨劇』
・70位『覇王の道』
・71位『豹頭王の挑戦』
・72位『ドールの時代』
・73位『異形の明日』
・74位『湖畔のマリニア』
・75位『ガルムの標的』
・76位『ゴーラの一番長い日』
・77位『野望の序曲』
・78位『運命のマルガ』
・79位『アウラの選択』
・80位『永遠への飛翔』
・81位『ルアーの角笛』
・82位『赤い激流』
・83位『ヤーンの星の下に』
・84位『ユラニア最後の日』
・85位『時の潮』
・86位『嵐の獅子たち』
・87位『風雲への序章』
・88位『豹頭将軍の帰還』
・89位『魔界の刻印』
・90位『北の豹、南の鷹』
・91位『ヤーンの選択』
・92位『ヤーンの翼』
・93位『旅立つマリニア』
・94位『ドールの子』
・95位『幽霊島の戦士』
・96位『運命の子』
・97位・98位『宝島(上)(下)』
・99位『遠いうねり』
・100位『闘鬼』
ランキングの後に。
さて、『グイン・サーガ』100選、ランキング、いかがでしたでしょうか。いくつか、好みで評価を上げている巻がありますが、そのほかは既読の方にとってはそれなりに納得のいく順位付けになっているのではないかと思います。
首位は外伝6巻『十六歳の肖像』。アルド・ナリス、ヴァレリウス、アル・ディーン、スカール、という四人の人物の十六歳の頃の出来事を描いた短編集で、四編すべて傑作という物凄い品質の一冊です。
まあ、この頃があきらかに栗本薫のキャリアのピークで、そこから先は少しずつ少しずつ、筆力が衰えていっている印象をぬぐえません。
ただ、それだけにこの『十六歳の肖像』と、2位のイシュトヴァーン十六歳、『ヴァラキアの少年』はまさに何かが取り憑ついているような大傑作ですね。
ぼくは、人生の最高の本を一冊選べ、といわれたなら、この二冊のうちどちらかを挙げるかもしれません。
3位でようやく本編が出て来るのですが、まあ、全体を通して最もバランスが良く、綺麗にまとまっていると思われる『パロのワルツ』を挙げてみました。
バランスが良い、綺麗というと、わりあい平凡な作品が思い浮かぶかもしれませんが、この頃の栗本薫はまさに天才物語作家の絶頂の絶頂、それはもう絢爛と美しくも暗黒のストーリーが展開しています。
いやあ、文章がうまいこと、うまいこと。この感じで100巻まで続けてほしかったといつも思ってしまうのですが、それは望むべきではないことなんだよなあ。まあ、めちゃくちゃよくできた巻ですね。
で、4位が22巻、『運命の一日』。既読の皆さんにはこの巻を最上位に持って来た理由はおわかりいただけると思います。やっぱり、ラストの名場面、名ゼリフですね。
ぼくの読書人生でもこの終わり方ほど先の展開が気になって気になってしかたないクリフハンガーは他にありません。
この、日本語の文法をかぎりなく奔放に無視した、それでいて華麗としかいいようがないくだりは、今後も永く『グイン・サーガ』愛読者の語り草となることでしょう。
で、5位は9巻『紅蓮の島』。やはり既読者の皆さんには、この巻をこの順位に持って来た理由はおわかりいただけるかと思います。
吟遊詩人マリウスことパロの流浪の王子アル・ディーン、そして敵国モンゴールの悲運の公子ミアイル、このふたり、陽だまりで寂しい子供がふたり、あそぶような情景は、それはそれは泣かせます。
ここら辺の描写の美しさは天性だよなあ。ロマンティックで、センチメンタル。この種の、何ともいえない哀惜さを感じさせる描写を書ける作家が、栗本さんだけにかぎらず、ある時代まではいたんですよね。
いまはもう、なかなかここまで哀しくも愛おしい物語を書ける作家はいないように思われます。それもまた、時代の変化ではあるので、あえて嘆きはしませんが、たしかに凄いものを見たように思う。
で、その次が26巻『白虹』、23巻『風のゆくえ』と続きます。黄金の20巻台ですね。ここら辺はもう、甲乙をつけがたいクオリティ。個人的にはケイロニア廃嫡の皇子イリスの物語の結末は気に入らないところもあるのですが、まあ、綺麗な結末ではあるよね。
で、8位が外伝1巻『七人の魔道師』。たぶん『グイン・サーガ』全編のなかでいちばんクラシック・ヒロイック・ファンタジーに近い作品ですね。
解説の鏡明さんが書いているように、壮絶に面白い娯楽活劇のなかにも、たしかにクラーク・アシュトン・スミスのあの頽廃した昏い空気を感じさせるものがあります。そんなに簡単に真似できるようなものじゃないはずなんだけれどな、クラーク・アシュトン・スミス。
ちなみに栗本薫の筆による巻としては本編の最後あたりになる130巻のあたりで、ようやく物語はこの外伝『七人の魔道師』に追いつくことになります。それから先がどうなったのか、ぼくたちは永遠に知るすべを持ちません。
いやまあ、他の作家による続編はあるんですけれどね。それはもう、どれだけ出来が良くても悪くても、あくまで二次創作だからなあ。
で、その次は第3巻『ノスフェラスの戦い』。この巻を上のほうに持って来たのは、あれですね、冒頭の三国時代を俯瞰したプロローグが印象的だからですね。
この巻ではまだいっしょに辺境のあたりをうろちょろしているグイン、イシュトヴァーン、レムスの三人がやがてそれぞれ王となり、中元の覇権を争いあうということがさりげなく、あたりまえのように記述されています。
イシュトヴァーンなんか、この時点では気のいいあんちゃんなのに、狂王とか、僭王(ニセの王)と呼ばれてしまっているわけで、読者は必然的に「えっ、何がどうなってそうなるの?」と思ってしまうわけです。ここら辺の大風呂敷の広げ方は、さすがのひと言。
11位はぐっと下がって、46巻『闇の中の怨霊』を持って来てみました。これはきっと異論がある人もいるだろうな。でも、ぼくは好きなんだよ、この巻!
『グイン・サーガ』のなかでも、というかぼくが読んだすべての物語のなかでも、一、二を争う悲惨さ、救いのなさが際立つ巻ですが、この絶望感がたまらない。栗本薫のリアリズムここに極まれり、って感じ。
その次の12位は『蜃気楼の少女』。外伝16巻です。それまで本編のなかでちょこちょこと語られてきたカナン帝国滅亡の経緯があらためて描写される巻、ぼくはね、好きなんですよね。
20巻台あたりの神が降りたかのように超絶天才的筆力はすでに失われて久しいものがありますが、でも、だからこそ歴史に名を残さない凡人たちの、凡庸なドラマ、しかしそれが本人たちにとってはどれほど貴重で、大切なものか。それを描きだしたところに栗本薫の真骨頂があると考えています。
まあ、わからない人にはいくら説明してもわからない、感じない人はまったく感じない話なんですけれどね、ここら辺は。
で、そのあとについてもいくらでも解説はできるんですけれど、まあ、キリがないのでやめておきましょう。第38巻『虹の道』とか、すでにかなり冗長化が始まっているけれど、ぼくは好きだなあ。
この、何ともいえないノスタルジックな切なさ。ただ哀しいだけではない、悲劇的なだけでもない、むしろ幸福の絶頂にあってこそ寂しくもやるせなく、切ない、そういう描写が素晴らしいですね。
あとは1巻から続くとんでもなく長い伏線がようやくついに回収される第67巻『風の挽歌』とかね。冒頭のあたりから名場面へ向けて劇的に盛り上がる『獅子の星座』とか。良いですね。
正直、これらは上位のほうほど完璧ではないんだけれど、それでもやっぱりグッと来るものがある。素晴らしい。
というわけで、「Something Orange」空前のおバカ企画「『グイン・サーガ』100選」でした、とさ。もし、これから『グイン・サーガ』を読んでみようというかたがいらっしゃいましたら、ランキングの上位のほうを一冊、読んでみることをお奨めします。
『パロのワルツ』、『ヴァラキアの少年』、『十六歳の肖像』――ここら辺はもう、満点をあげたいくらいおもしろいです。いままで何千冊も小説を読んできましたが、ほかに類例がないかもしれない。凄い。
では、また次の記事でお逢いしましょう。しーゆー。