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映画『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』ネタバレ感想/レビュー。

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 1978年7月30日生まれ。男性。活字中毒。栗本薫『グイン・サーガ』全151巻完読。同人誌サークル〈アズキアライアカデミア〉の一員。月間100万ヒットを目ざし〈Something Orange〉を継続中。

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マーベル・シネマティック・ユニバース『スパイダーマン』三部作最新作!

 本日、映画『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』を観て来ました。

 先に公開されたアメリカではコロナ禍のなか記録的なセールスを叩き出し、マーベル映画の新たな金字塔となったとされる作品ですが、さて、じっさいのところ、どうだったのか?

 予告編その他ですでに公表されている情報の整理から始めましょう。

 まず、基本の前提知識として、この映画はシリーズ前々作『ホームカミング』、前作『ファー・フロム・ホーム』に続くマーベルユニバースの『スパイダーマン』映画第三弾であり、三部作完結編です。

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 そして、この三部作全体が、現状で30作以上の映画といくつかのドラマシリーズから構成される「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」の一部を構成しています。

 MCUは現在、「フェイズ4」にまで入っているのですが、スパイダーマンは「フェイズ3」の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』から登場しており、「フェイズ3」までの総決算である『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』、『アベンジャーズ/エンドゲーム』でも重要な役割を果たしました。

 したがって、この映画のストーリーを理解するためには、最低限、『ホームカミング』と『ファー・フロム・ホーム』を見ておく必要がある、可能であればもっと色々と見ておくべき、ということになります。

 また、これも重要な情報なのですが、この「ホーム」三部作はスパイダーマンの映画としては三つ目のシリーズにあたります。

 これ以前にサム・ライミ監督版の『スパイダーマン』三作があり、それからマーク・ウェブ監督版の『アメイジング・スパイダーマン』二作もあるのです。

 これらはそれぞれが経営陣の判断によって打ち切られたり再始動したりしたもので、両方とも独立した内容であり、主人公が「ピーター・パーカー」であるなど、基本的な設定に共通点こそあるものの、ストーリーそのものには直接的な関係はありません――いや、ないと見られていたのです、これまでは。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』予告1

マルチバースの『スパイダーマン』ワールドからやって来るヴィランたち。

 その当然といえば当然の前提があっさりと覆ったのは、『ノー・ウェイ・ホーム』の予告編で、この作品にグリーンゴブリンやエレクトロといった過去シリーズのヴィラン(敵役)が登場して来ることが明かされたから。

 なんと配役まで同じで、つまり、『ノー・ウェイ・ホーム』は無印『スパイダーマン』シリーズと『アメイジング・スパイダーマン』シリーズの続編でもあるのです。

 「えっ、いったいどういうこと?」と思われるかもしれませんが、ここで関わって来るのがアメコミ(アメリカンコミック)世界では何かと多様される設定であるマルチバース(並行世界)。

 じつは、前作『ファー・フロム・ホーム』の結末で、悪漢ミステリオによって正体を暴露されてしまったピーター・パーカーは、『ノー・ウェイ・ホーム』であっというまに「世界一の有名人」となり、しかも犯罪者の汚名を着せられています。

 有能な弁護士の介入を得て、どうにか不起訴を勝ち取ったものの、まわりの人々にまでさまざまな迷惑をかける結果となってしまいます。

 そこで、かれは『エンドゲーム』でいっしょに世界を救った「アベンジャーズ」の盟友であるドクター・スティーヴ・ストレンジのところを訪ねることに。

 このドクター・ストレンジもMCUの別シリーズの主人公だったりするのですが、とにかく優れた魔術の使い手であるかれなら、時を巻き戻して事態を解決することができるのではないかと考えたわけです。

 しかし、さすがのストレンジでも(現在は)そんなことは不可能。

 かれはその代わりにある提案を行います。それは「世界中の人々からピーター・パーカーがスパイダーマンであるという記憶を消し去る」こと。

 ところが、色々あってこの魔術は失敗し、その結果、いくつもの並行世界から五人のヴィランたちが集まって来ることになってしまいました。

 さて、ピーターは、ひとりでも強大な敵たちをまえに、どのようにして戦うのでしょうか――?

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』予告2

「マルチバース」を前提とした世界へ。

 と、このあたりまでがおおよそ事前にわかっていた範囲です。

 「マルチバース」という設定は前作の時点で出ていたものですが、今回からいよいよMCUは「マルチバース」設定を前提とした物語に突入していくことになりそうです。

 何しろ、『エンドゲーム』で宇宙規模での史上最大の戦いを経た後ですから、次は並行世界の方向にスケールを拡大していくというのはわかりやすい話です。

 で、その並行世界というのが無印『スパイダーマン』シリーズの世界と『アメイジング・スパイダーマン』の世界というわけです。

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 いままで映画の『スパイダーマン』を追いかけてきた人にとってはまさにたまらない展開といえるでしょう。

 かなり権利関係もややこしそうな気もしますが、それを乗り越えての展開といえます。うーん、燃えるぜ。

 それでは、五人もの強敵をまえにしたスパイダーマンはどう事態を収拾するのか? そして、あっさりと世界を危機に陥れるようなミスを犯してしまったストレンジはどう行動するのか?

 以下、ネタバレでくわしく紹介していきたいと思います。

 つまり、ここから先は未見の方には致命的に面白さを損なう可能性がある情報が含まれていますので、その点よろしく。

 あ、ちなみにこの映画、マーベル映画の常として、ミッドクレジットシーンとポストクレジットシーンにちょっとびっくりの展開が待っています。

 主題歌が流れて来ても、そして流れ終わっても席を立たずに最後まで見届けてください。

 ぼくが見た映画館では途中で席を立つ人たちがけっこういたので、一応、注意喚起しておきます。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』予告3 1月7日(金)全国の映画館で公開!  #全ての運命が集結する ──

スパイダーマン/ピーター・パーカーの甘い判断。

 さて、そういうわけで、ここからはネタバレです。

 この映画、かなりサプライズな展開がいくつもありますので、いま本作を未見でこれから見る可能性がある人は、絶対にこの後を読まないでください。

 では、行きますよ?

 さて、ストレンジがあっけなく失敗してしまった魔術の影響によって、マルチバース(つまりべつの作品世界)から集まって来たグリーンゴブリン、ドクター・オクトパス、サンドマン、リザード、エレクトロたちと戦うことになったピーターは、ちょっと苦戦したりしながらも、どうにかかれらをストレンジのところへ送り込むことに成功します。

 ここら辺、いくらストレンジの力があったからとはいっても、あまりにもあっさりと過去の難敵たちを始末してしまっている気もしますが、まあ、このテンポの良い展開がこの映画の魅力でもあるので、作劇の欠点とはいえないでしょう。

 そして、ストレンジは五人のヴィランたちを元の世界へ帰そうとするのですが、ピーターはかれらと会話するなかで、衝撃の事実を知ることになります。

 なんと、ヴィランたちはそれぞれの世界で死亡しており、このまま帰還させてしまえば、おそらくはその運命のまま死ぬことになるはずなのです! ガーン。

 ショックを受けたピーターは、このままヴィランたちを帰すことに反対し、ストレンジと戦闘になります。

 ここで、予告編でも描写されていた鏡面世界が登場。ここら辺の描写は、コンピューター・グラフィックスの効果とはいえ、やはり圧巻のものがあります。

 で、圧倒的な力を持つストレンジをまえに、蜘蛛の糸の他は特殊能力を持っているわけでもないスパイダーマンふぜいではどうしようもないかと見えましたが、何とピーターは数学の知識を応用してストレンジに勝利してしまいます。

 ついでに魔法の指輪まで奪い、ストレンジをその世界に閉じ込めることに成功。

 そして、ヴィランたちのもとへ帰り、かれらをヴィランになるまえの姿に戻そうとします。

ピーターの判断をどう見るか?

 この映画で賛否を呼ぶポイントがあるとしたら、ひとつにはこのピーターの判断が挙げられるでしょう。

 それぞれが邪悪な心をもつヴィランたちを信用し、かれらの命を救おうとするピーターの行動は、甘いといえば、あまりにも甘い。

 というか、悪党を野放しにしたら逃げだすに決まっているだろう、という気もしなくはありません。

 じっさい、このあと、ピーターの計画は失敗、ヴィランたちはそれぞれ離散し、どこかへ消え去ってしまいます。

 このピーターの甘さをどう評価するかは、本作を見るときのひとつのポイントになって来るはずです。

 映画のなかでも、ピーターはその甘ったるい善良さを、かれが救おうとしたグリーンゴブリン自身によって散々にののしられている始末。

 また、ここでグリーンゴブリンが巻き起こした爆発の余波を受けてメイ叔母さんが死亡。ピーターは三部作を通して最大の絶望に突き落とされることになります。

 ぼくとしても、このときのピーターをどう見るかは微妙なところだと感じています。

 結果としてここではメイ叔母さんひとりの犠牲で済んでいますが(それももちろん大きな犠牲ではありますが)、場合によっては世界そのものが崩壊する危険すらあったわけです。

 悪人たちを自分の手で死地へ追いやる覚悟を持てずに、甘っちょろい判断を行い、その結果、人類全体を危険にさらしたピーターの行為はいささか偽善的で、青くさく、褒められたものではないのでは?とも思える。

 とはいえ、ヴィランたちも元々は善良な人物たちなのであり、何らかの原因によって人格が歪んでいるに過ぎないこともたしか。

 かれらを見捨ててしまってはヒーローの資格がないとも考えられます。

 これは明確な「正解」が見えない問題、結果で判断するしかない問題といって良いでしょう。

 このことについては、あとでもう一度考えなおします。

この映画の最大のサプライズ演出登場!

 このメイ叔母さんが亡くなるところが、ハリウッド脚本術の「三幕構成」でいうミッドポイントにあたります。

 主人公ピーターは一寸の光もない絶望の闇に叩き落とされ、ひとり、ニューヨークの街をさまようのです。

 で、この先が、本作最大のサプライズポイント。何と、無印『スパイダーマン』シリーズのスパイダーマン/ピーター・パーカーと、『アメイジング・スパイダーマン』シリーズのかれがあらわれるのです。

 おお! 正直、まったく予想していなかったわけではないけれど、現実に実現するとやっぱり嬉しい展開です。三大スパイダーマンそろい踏み。

 このあと、並行世界からやって来たふたりのピーターは、それぞれの体験をもとに、この世界のピーターを慰め、癒やし、救います。

 ある意味で自分自身を救っていることになるわけですが、自分自身が辛い体験を乗り越えているからこそ「もうひとりの自分」にかける言葉があるし、またその言葉に説得力がともなうわけで、この一場面だけでも、わざわざ別シリーズのスパイダーマンたちが出て来た意味が十分にあるといえるでしょう。この展開はじつに素晴らしいですね。

 ただ、このシーンがほんとうに響くのは、無印『スパイダーマン』シリーズや『アメイジング・スパイダーマン』シリーズを鑑賞済みの人だけなのではないかとも思います。

 この『ノー・ウェイ・ホーム』は「ホーム」シリーズ三部作完結編であり、さらには何十作ものマーベル映画の最新作であるわけですが、この映画を十全に楽しみ切るにはその上、過去の別シリーズの『スパイダーマン』も見ておかないといけないわけです。

 これはさすがにきついのではないでしょうか? ぼくは一応、過去の『スパイダーマン』も見ているのですが、さすがに昔の記憶は薄れていて、いまひとつ感動し切れないところが残りました。

 これもこの映画の難点のひとつですね。観客に要求する前提が多すぎるということ。

大人になるために青春時代と別れを告げる。

 ここから先、物語は、「ピーター」と呼ばれた三人のスパイダーマンが同時に振り返るといったベタなスパイダーギャグを挟んだりしながら、クライマックスへ進んでいきます。

 まあ、この先のバトルは勝つに決まっているわけで、とくべつ興奮はないのですが、その先に本作最大の決断が待っています。

 三人のピーター・パーカーたちはみごと五人のヴィランたちを元の姿に戻すことに成功し、ドクター・ストレンジもどうにかこの世界に戻って来たものの、マルチバースの彼方からピーターがスパイダーマンであることを知るすべての人物がやって来るという世界の危機が訪れます。

 この空前の事態をまえに、ピーターは世界中の(おそらくマルチバースをも含めた全並行世界中の)すべての人々から自分の記憶を奪うことによって問題を解決しようとします。

 それは、愛する恋人や親友の脳裏からも自分の思い出が消え去ることを意味します。

 愛する人全員から忘れ去られ、たったひとり孤独に生きていくしかなるという、あまりにも大きな犠牲。

 しかし、ピーターはその結果を甘んじて受け入れ、世界は救われます。

 そして五人のヴィランとふたりのスパイダーマンも元の世界へ戻っていくのです。

 このあとは全編のエピローグで、ピーターがあえて愛する人々に自分の正体を説明しないことを選ぶ光景が描かれます。

 それは、自分の危険な戦いにかれらを巻き込まないためであったのかもしれません。

 師であった「アイアンマン」トニー・スタークや、家族であったメイ叔母さんを喪い、さらにはすべての人から忘れ去られ、文字通りたったひとりになったピーター。

 ここに、かれの甘い青春時代は完全に終わりを告げ、未熟だった少年は一人前の大人に、そしてひとりの偉大なヒーローに成長を遂げたのでした。

 前作、前々作からさらに一歩踏み込んだ、ビターでありながらも感動的なエンディングです。素晴らしい。

それでは、この映画をどう評価するか?

 素晴らしいのですが、この映画全体をどう評価するかは微妙なところです。

 たしかに、面白い。無印『スパイダーマン』、『アメイジング・スパイダーマン』、『スパイダーマン:ホームカミング』、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』とスパイダーマン映画を見て来た人にとっては最高のプレゼントといって良い出来でしょう。

 その点に関しては(いくつかちょっとしたツッコミどころはあるかもしれないものの)、文句はありません。まず、史上最高のファンムービーといえるかと思います。

 しかし、逆にいえば、ファンムービーでしかないということもできる。この映画一本を十全に楽しみ切るためには最低限、いま挙げた七本の他に、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』と『アベンジャーズ:エンドゲーム』は見ておかなければならないでしょう。

 そういう意味では、十分に楽しめる人と楽しみ切れない人が分かれてしまう映画だということもたしかです。

 きわめて複雑に過去作品が絡んでくるところが本作の最大の魅力ですが、同時に最大の弱点でもあって、前提としている過去の映画の多さが映画史上、類を見ないものになっているわけです。

 熱狂的なMCUファンにとっては最高の映画であると同時に、そうでない人にはいまひとつ入りきれず、どこか疎外感すら感じさせる作品に仕上がっているといったら、いい過ぎでしょうか。

 まあ、本作が世界中で大ヒットし圧倒的な高評価を獲得しているということはそれでもまったく問題がないことを示しているのかもしれませんが……。でも、ちょっと気になるよね。

 ちなみに、本作には「ヴェノム」や「デアデビル」といった他作品のキャラクターも端役で登場しています。

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 これもまた、それらのシリーズを見ていなければいったい何者なのかさっぱりわからない描写で、ちょっとどうなのかと思わないこともありません。

 いや、がんばって付いていけばめちゃくちゃ楽しめることはわかるんですけれどね。ちょっと胃に重たい映画です。

「大いなる力には大いなる責任がともなう」のは良いのだが……。

 また、もうひとつ気になるのが、「大いなる力には大いなる責任がともなう」という、作中、くり返し提示される『スパイダーマン』最大のテーマ。

 これは、ひとつ『スパイダーマン』だけではなく、マーベル映画だけですらなく、全ヒーロー映画にとって最も重要なテーマであるといえるでしょう。

 ヒーローは本来、制御しがたいほどの強大な力を持っている点でヴィランと変わらないわけで、ヒーローとヴィランの違いは(たとえばバットマンとジョーカーを見ていればわかるように)、紙一重です。

 いい換えるなら、ヒーローとヴィランを分かっているものは、ただ自分の力に対し「責任」を抱くかどうかというその一点だけなのであって、いったん「責任」を放棄して力に酔ってしまったならば、もうヒーローはヴィランと変わらないことになるというわけですね。

 このヒーローとヴィランのギリギリのせめぎ合いを描いたのが、先ほどちょっと名前を出したバットマンたちが出て来る『ダークナイト』なのですが、『スパイダーマン』もまた、「ヒーローの責任の重さ」をテーマに据えたシリーズとなっています。

 ただ、ぼくは思うのです。この「何が正しいのかわからない」混沌とした世界において、「責任を果たす」とはどういうことなのだろうか?と。そもそも十分に「責任を果たす」ことなど可能なのでしょうか?

 これは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』あたりに一脈通じる話で、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』では、主人公・碇シンジは「やってみるよ」というひと言にたどり着いたのでした。

 何が正しいのかはわからない。責任を果たせるかどうかもわからない。それでも、とにかく「やってみる」。それしかできない。

 いま、ヒーロー映画はそのような境地へたどり着いたようにも思えます。それは何を意味するのか? このことについては、またべつの機会に考えてみたいところですね。

「何でもあり」になってしまっている?

 また、本作について、「魔法」や「マルチバース」を持ちだしたら何でもありではないか、という批判も一部にあるようです。

 しかし、ぼくは必ずしもそうは思わない。そもそも、MCUはさいしょから神さまなどが出て来てハンマーを振り回して戦う世界だったわけで、その意味ではずっとまえから「何でもあり」なのです。

 しかし、「何でもあり」ではあっても、作中のルールには従う。たとえば「タイムストーンがなければ時間を飛び越えることはできない」といったルールですね。

 そのルールはいまのところギリギリのところで活きていて、物語世界は破綻していないと見ています。

 もちろん、批判しようと思えばできるツッコミどころはいくらでもあるでしょう。

 ただ、それをいうならぼくは『アベンジャーズ/エンドゲーム』が最もツッコミどころの多い作品だったと思うんですよ。

 人類の半分が突然いなくなって、五年後に全員が戻って来たら、大混乱どころでは済まないことは明白なわけで、あの映画はそこのところをごまかしているようにぼくは感じた。

 それに比べれば、『ノー・ウェイ-・ホーム』の瑕疵はたいしたものではないと見ています。『エンドゲーム』にしても、世評は圧倒的好評だったわけでね。

 たとえば『アナと雪の女王』などにもいえることですけれど、ファンは物語にカタルシスがあれば、細かい傷なんかは気にしないものなのだということがわかります。

 なので、問題ないのでは。

 まあ、たしかにこの先、「マルチバース」を持ち出したことによる混乱は起こって来るかもしれない。

 「マルチバース」というアイディアは、ほんとうのほんとうに「何でもあり」なところがあるので、それをどうコントロールするのかは製作スタッフの腕の見せ所ではあるでしょう。

 ただ、それはじっさいにその問題があきらかになってから判断すれば良いこと。いまの時点でいってもせんなきことかと。

『スパイダーマン』映画全体のフィナーレ。

 ともかく、三部作はじつにうつくしく幕を閉じました。

 いままでの『スパイダーマン』映画全体のフィナーレといっても良いかもしれません。

 ただ、MCUはまだまだ続くわけで、次は本作で多元宇宙の扉を開いてしまったドクター・ストレンジのシリーズ第二弾になるようです。

 やっぱり気になるので観に行きますが、毎年三本ずつ消化しなければいけない映画が増えるの、ちょっと疲れる。

 さらに最近は『ロキ』とか『ワンダヴィジョン』とか、ドラマシリーズも何だかたくさんあるしなあ。

マーベル・スタジオ『ロキ』|予告編|Disney+(ディズニープラス)

『ワンダヴィジョン』新予告 | ディズニープラス

 いったいこの映画史上に残る超長期シリーズがどこまで続くのかさっぱりわかりませんが、まあ、とりあえず付いていけるところまでは付いて行こうと思います。

 他に類を見ない「何でもあり」で壮大なエンターテインメント・シリーズであることは間違いないのですから。

 また、アイアンマンとキャプテン・アメリカを喪った「アベンジャーズ」が再結成されることはあるのだろうか? そのとき、リーダーとしてかれらを率いるのは、やはりスパイダーマンなのだろうか? そして、「フェイズ4」はどう幕を閉じるのか?

 なんだかんだいって気になることばかりです。

 マーベル『スパイダーマン』の「ホーム」三部作に続く新三部作もすでに企画されているというウワサもあることですし、この先、MCUはフェイズ5、フェイズ6と続いていくのかもしれません。

 気力と体力が続く限りは何とか付き合うので、どんどん続きを作ってもらいたいです。

 それでは、この長文を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 みんなの「親愛なる隣人」スパイディとの再会を祈りつつ、この記事を終えたいと思います。

 おしまい。

外部リンク

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