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水野良『ロードス島戦記 誓約の宝冠』の魅力をネタバレ解説。

ライター

 1978年7月30日生まれ。男性。活字中毒。栗本薫『グイン・サーガ』全151巻完読。同人誌サークル〈アズキアライアカデミア〉の一員。月間100万ヒットを目ざし〈Something Orange〉を継続中。

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日本のライトノベルとゲームファンタジー小説の草分けである『ロードス島戦記』。その新たなシリーズである『誓約の宝冠』の魅力を、さまざまな面から分析してみました。

『ロードス島戦記』シリーズ最新作!

 この記事をお読みの皆さんのなかには、ファンタジーが好きな方が少なくないものと思われます。

 それでは、日本におけるファンタジー小説最初期の作品である『ロードス島戦記』をお読みの方はどのくらいいらっしゃるでしょうか?

 『ロードス島戦記』の第一巻『灰色の魔女』が刊行されたのはいまから30年以上まえのこと。

 当時、小学生だったぼくは夢中になって読みました。それまでその種の「壮大な冒険ファンタジー」を読んだことがなかったからです。

 『ロードス島戦記』は「ゲーム」を小説の世界に取り込んだ最初期の作品であり、いまでいうライトノベルの嚆矢でもあります。その歴史的意味はあまりにも大きい。

 その後、『アルスラーン戦記』を読み、『グイン・サーガ』を読んでさらにファンタジーの世界に熱中していくことになるのですが、とにかくキッカケは『ロードス島戦記』でした。

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 その『ロードス島戦記』の新刊が令和のいまになって刊行されたので、いささか心配ながら読んでみました。

 ところが、これが意外にも(?)面白い。

 おそらくいままでの『ロードス島戦記』を読まれていない方にとっては「それなり」の作品に過ぎないかもしれませんが、30年以上『ロードス島戦記』を追いかけてきた読者としてはまさに感慨無量、「これが読みたかったんだよ!」という物語です。

 それでは、この『制約の宝冠』の価値はどのようなところにあるのか、過去作を振り返りつつ語っていきましょう。

呪われた島ロードスの物語。

 『ロードス島戦記』の舞台は、「呪われた島」ロードスです。アラクラスト大陸の遥か南方に位置するこの島は、長年にわたって戦乱が絶えず、また魔物たちが跳梁跋扈していることから「呪われた島」といわれていたのでした。

 じっさい、物語が始まる30年まえにはある国の支配者の過ちによって「魔神」たちがあらわれ、「魔神戦争」と呼ばれる戦いが巻き起こっています。

 この戦いの顛末は、小説『ロードス島伝説』、マンガ『ファリスの聖女』で描かれています。

 『ロードス島戦記』本編のいわば「前日譚(プリクエル)」にあたるストーリーです。

 「魔神戦争」は「六英雄」と呼ばれるヒーローたちの活躍によって終結を見るのですが、数十年の時を経て、それぞれ「六英雄」のひとりであるファーンとベルドが神聖王国ヴァリスと魔の島マーモをひきいて激突することになります。

 これが、『ロードス島戦記』第一巻『灰色の魔女』の背景になっている「英雄戦争」です。

 『ロードス島戦記』全編の主人公である流浪の騎士パーンは、この戦争の裏に、五百年前に滅亡した魔法王国の生き残り〈灰色の魔女〉カーラが存在していることを知り、カーラと対決することになります。

 そして、それすらもパーンの長い冒険の始まりにしか過ぎなかったのです。

フォーセリア世界という舞台。

 パーンはやがて最強のドラゴン〈シューティングスター〉や魔術師バグナードといった強力な敵たちと戦うことになります。それが、『ロードス島戦記』の物語。

 ロードスの平和を巡る争いは、やがて「邪神戦争」と呼ばれる最後の戦いへと至ることになります。

 未熟だった時代から数年を経て、いまや屈強な騎士へと成長したパーンは、恋人であるハイエルフの〈永遠の乙女〉ディードリットとともに、宿敵アシュラムらとの戦いを経て、邪神カーディスの復活を阻止することになります。

 このとき、〈灰色の魔女〉カーラもまた、完全にその命脈を絶たれたのでした。

 一連の戦争において大きな功績を挙げたパーンは〈ロードスの騎士〉を名のることとなり、こうしてロードス島には長い平和が訪れたのでした。

 このとき、ロードス島を離れたアシュラムたちはさらに離れたクリスタニアの大地に至っており、また、じつはパーンはアレクラスト大陸に渡って全世界の命運を賭けた戦いに参加していたりするのですが、それはまたべつの話なので、ここでは書きません。

 水野良の「フォーセリア世界」を舞台にした物語はいくつもあり、それぞれ長大なので、すべてを追いかけることは困難です。

 ただ、『誓約の宝冠』のシリーズは、一連の「フォーセリアもの」のなかでも最も新しい時代を追った作品なので、いままでのシリーズを知っているとより楽しめることは間違いありません。

 というか、少なくとも『ロードス島戦記』のストーリーを知っていないと、十全に楽しみ切ることはできないでしょう。

 その意味では、この作品はあくまで「続編」であり、『ロードス島戦記』から読み始めるのが正しいことと思われます。

いま、あえて読む意味はあるのか?

 とはいえ、いま、あらためて『ロードス島戦記』を読む意味があるかというと、そこは微妙です。

 『誓約の宝冠』はやはりいまの作品であり、いま読んでみても楽しめる一作といえるかと思うのですが、『ロードス島戦記』そのものは何といっても何十年もむかしの小説。

 当時としては斬新な作品であったものの、いまとなっては「ありふれたスタンダードなファンタジー小説」としか思われないかもしれません。

 ある名作がのちの作家に模倣されつづけて、結果として「ふつうの作品」としか見えなくなってしまうということはよくあることですね。

 まあ、いまあらためて『ロードス島』の世界に入ってみようという方がいらっしゃいましたら、『誓約の宝冠』から読み始めて、気に入るようだったら時間をさかのぼって灰色の魔女や、魔神戦争の物語を追いかけていっても良いと思われます。

 ただ、『誓約の宝冠』の魅力は、かつての英雄たちのストーリーが百年の時を経て「伝説」になっているというその一点に収斂するので、『ロードス島戦記』を未読の方がどこまで楽しめるのかわからないということも事実なのですよね。

 そういうわけで、ぼくとしてはできれば『灰色の魔女』から読み進めてほしいのですが、いまとなっては文章も生硬だし、設定も平凡(に見える)、オススメできるかというと辛いところです。

 やはり『誓約の宝冠』の魅力を十分に味わえるのはリアルタイムで前作、前々作を読んでいた人だけなのかなあ。

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伝説となったかつての英雄たち。

 『誓約の宝冠』の時代、百年の時をへだてて、ロードス島では〈ロードスの騎士〉パーンはもとより、その恋人、〈永遠の乙女〉ディードリットや、〈砂漠の傭兵王〉カシュー、〈大賢者〉スレインなども完全に伝説のなかの存在になっています。

 この、読者にとっては生身の人間として知っている連中がほとんどレジェンドとなっている状態が本書の最大の読みどころでしょう。

 カシュ―の時代から繁栄が続いていまやロードス最大の強国となっている砂漠のフレイム王国の新王が、平和を強制的に誓わせる「誓約の宝冠」の戴冠を拒み、ロードス統一の野望を抱くところから物語は始まります。

 圧倒的な武威を誇るフレイムをまえに、頽廃したほかの王国は敵するべくもないかと思われましたが、フレイムの新王はひとりの「最も恐ろしい敵」の存在を忘れてしまっていたのです。

 それは、〈ロードスの騎士〉パーンを喪ったあと、「帰らずの森」の奥にひきこもってしまった〈永遠の乙女〉ディードリット。

 ロードスを揺るがせるだけの強大な力をもち、伝説の時代のわずかな生き残りのひとりであるディードリットが参加することによって、戦乱は予想外の方向へと進んでいくことになります。

 そのディードリットを戦いに引き込んだのは、ギリギリの平穏を保っているマーモ公国の第四公子ライル。

 かれこそが新時代の〈ロードスの騎士〉であり、新しい物語の主人公ということになります。

正義はいずこに?

 かれはパーンの跡を継ぎ、ロードス島の平和を守ろうと行動するのですが、じっさいのところ、その正義には明確な根拠があるわけではありません。

 邪竜や邪神を相手取ったかつてのパーンやスパークの戦いと異なり、今回の戦いはあくまで人間対人間の戦争。そもそもはっきりとした「正義」など求めようもないのです。

 しかし、それでも、なお、かれはディードリットを味方に引き入れることに成功し、〈ロードスの騎士〉を名のってその身を戦乱に投げ込んでいきます。

 そして、かれは知ることがないことながら、この時代にはもうひとり、「伝説の時代」から転生してきた人物が存在しているのです。

 いったいこの先の展開がどうなるのか? ロードスは統一されることになるのか、それともふたたびまどろみのような平和を経験するのか? 期待せずにはいられません。

 ちなみに、『ロードス島戦記』と『誓約の宝冠』のあいだの物語であるらしい『ディードリット・イン・ワンダーラビリンス』というゲームも出ています。

【ロードス島戦記】#1 – 懐かしのファンタジー再び【ディードリット・イン・ワンダーラビリンス】

 そういうわけで、今後の展開が楽しみな『誓約の宝冠』なのですが、ここで残念なことがひとつ。

 そう、一向に続刊が出ないのですよね。どうも水野さんが書けずにいるらしい。

 せっかく面白い舞台設定が整ったのだから、さっさと新刊を出してほしいものですが、これは読者のわがまま。しかたがないので、ゆっくり次の巻を待つことにしましょう。

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