小説

小説家になろうの悪役令嬢ものを読み「善悪逆転」に思い馳せる。

ライター

 1978年7月30日生まれ。男性。活字中毒。栗本薫『グイン・サーガ』全151巻完読。同人誌サークル〈アズキアライアカデミア〉の一員。月間100万ヒットを目ざし〈Something Orange〉を継続中。

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 「小説家になろう」のいわゆる「女性向け」の作品が好きで、恋愛ものだの、聖女ものだの、悪役令嬢ものだのをなかば手当りしだいに読んでいる。

 自然、傑出して面白い作品もあればそうではない作品もあるわけだが、不思議と飽きない。

 やはり、一見すると単なる現実逃避の願望充足ものばかりに見えて、その実、物語の正統を行っているところがあるのだろう。

 人はしばしば現実では叶わない願いを叶えるために物語を読む。そして作家たちは不可能な夢を現実にするためにこそ物語を紡ぐ。

 その意味で、「なろう系」などと呼ばれる一群のネット小説は、ごくスタンダードな物語であるといえる。

 もちろん、その品質はバラバラだが、案外、あなどれない魅力があることは、「なろう系」が話題になりはじめて何年も経ついまでもなお、それらが読まれつづけていることを見ればあきらかだろう。

 さて、「なろう」の女性向けジャンルにおいて確固たる地位を築いたとも見える聖女ものや悪役令嬢ものなのだが、その出来は色々とはいえ、ひとつの確かな「傾向」が見て取れるように思う。

 それは、過去の物語における善悪を逆転させ、従来は無条件の「善」であり「被害者」であり「世界の中心」であったキャラクターを、あるいは「悪」として、ときには「加害者」として告発するという「善悪逆転」の構図である。

 というか、この手の小説を読んでいると、じっさい、本当にこの世の善悪は相対的なもので見方によって変わってくるに過ぎないのだな、と納得されるのである。

 もともと、物語とは、視点人物に対するある種の「ひいき」で成り立っているところがある。

 読者はどうしたって視点人物に共感しながら読むわけで、必ずしも客観的に善悪を判断して主人公を「善」と見做すわけではないのだ。

 そうである以上、視点人物を取り替えてしまえばいままでの「善悪」は簡単に逆転することがありえる。

 あるいはそもそも「善悪」とか「正しさ」などといってみても、明確な基準があって定まっているものというよりは、単にどの視点から見るかだけの問題に過ぎないのかもしれない。

 ある人の物語における悪役がべつの人の物語においては善玉であることは十分にありえる。そして、「なろう小説」はそのような善悪の不たしかさを明るみに出すのである。

 たとえば、『歴史に残る悪女になるぞ 悪役令嬢になるほど王子の溺愛は加速するようです!』という「悪役令嬢もの」の作品がある。

 これは、ある異世界において、現代から転生した記憶を思い出した少女が、なぜか「歴史に残る悪女」を目指して奮闘を始めるというコメディだが、この作品を読んでいるとつくづく人間の善し悪しとは見方しだいなのだとわかってくる。

 この作品では、本来の物語では中心となる善良で純粋で無垢な「主人公(ヒロイン)」は、単に現実離れした空想を不毛に弄ぶばかりの幼稚で偽善的な理想主義者として描かれ、ある意味、「悪役」であるはずの少女がむしろ冷酷なほどリアリスティックに政策を実現していく地に足のついた人物として見えてくるのである。

 結局のところ、いままでの物語において「悪役」として糾弾されていた連中も、視点を変えてみれば魅力的なところもあるのかもしれない、それなりに尊ぶべき特徴を備えているのかもしれない。そんな風にも思える。

 ただ、ぼくは必ずしもこの「善悪逆転」の展開を気に入っていない。

 『歴史に残る悪女になるぞ』はなかなか面白い作品ではあるのだが、もうひとつ迫力を持って迫ってこないのは、つまるところは単に善と悪を入れ替えただけで、十分にそれらが拮抗しているように見えないからだろう。

 ヒロインから「世界の中心」の地位を奪うのは良いが、その代わりに「悪役令嬢」にそれを投げ与えてしまったのでは、あまり代わり映えがしないように思える。

 善悪逆転は初めはたしかに新鮮なのだが、そこまで構造的に深みを備えてはいないのである。

 ぼくとしては、本当に何が善であり、何が悪なのかが判然としなくなってくるような、そういう相対化の物語を読みたいと感じる。

 もっとも、そういうところまで踏み込んでしまうと、一切の善悪の基準が失われ、いったい何を善しとし、だれを応援して読めば良いのかわからなくなってしまい、読者は退屈しはじめるのだが。

 善悪は相対的なものに過ぎないとは、あたりまえといえばあたりまえのことではある。だが、そのあたりまえを強く感情的に実感させてくれるのが優れた物語だろう。

 そして、本当の傑作は、それでもなお、何が善であり、悪なのか? 思考しつづけることを放棄しはしない。

 つまりは何もかもが欺瞞であり幻想なのかもしれないが、それでも人はどこかに寄って立つところがなければ生きていけないものなのである。だから、ぼくたちはその基準を求めて物語を読む。

 そういう意味では、「価値の相対化」と「絶対的な価値」は物語の両輪なのである。

 悪役令嬢ものを読んでいると、ついついそのようなことを考えてしまう。今回は、そんなお話。

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